定年を迎えると、それまでの生活が大きく変わります。
会社へ行っていた時間がなくなり、家にいる時間が増えます。
現役時代なら、朝、
「行ってきます」
と言って会社へ出かけ、夕方になれば帰ってくる。
夫婦が一緒にいる時間は、今よりずっと少なかったはずです。
ところが定年後は違います。
朝起きてから夜寝るまで、同じ家の中で過ごす。
朝食も一緒。
昼食も一緒。
夕食も一緒。
テレビを見る時間も一緒。
これが毎日続きます。
「夫婦なんだから、それが当たり前」
そう思う人もいるでしょう。
でも私は、定年後になって初めて、
「夫婦だからこそ、少し距離が必要なのかもしれない」
と思うようになりました。
夫婦だから、何でも一緒ではない
私は温泉が好きです。
旅行も好きです。
春になれば桜を見たい。
夏になれば海や山へ行きたい。
秋には紅葉を見たい。
冬には温泉に入って、ゆっくりしたい。
現役時代は仕事が忙しく、夫婦で旅行する機会もあまりありませんでした。
だから定年したら、
「これからは夫婦でいろいろなところへ行ける」
と思っていました。
ところが、妻はそうではありません。
「温泉は好きじゃない」
「足腰が痛い」
「薬も飲んでいるから、あまり出かけたくない」
そんなふうに言います。
そこで初めて、
「夫婦だから、同じことを楽しむとは限らない」
という現実に気づきました。
趣味が違うことは悪いことではない
夫は旅行が好き。
妻は家にいるのが好き。
夫は温泉が好き。
妻は温泉が嫌い。
夫は外へ出たい。
妻は家でゆっくりしたい。
この違いを、
「どちらが正しいのか」
と考え始めると、夫婦の間にストレスが生まれます。
でも、よく考えてみれば、趣味が違うのは当たり前です。
生まれ育った環境も違う。
好きな食べ物も違う。
好きなテレビ番組も違う。
性格も違う。
それなのに、
「夫婦なんだから全部一緒」
と考えるほうが無理なのかもしれません。
一緒にいることと、束縛することは違う
私は家でパソコンを使って、いろいろなことを調べています。
ブログを書いたり、これからの生活について考えたりします。
自分では、
「今日は自分の時間を過ごそう」
と思っています。
ところが、妻から、
「庭の草取りは終わったの?」
「これ、やってくれない?」
と言われることがあります。
もちろん、家のことを手伝うのは大切です。
私も家族と暮らしている以上、自分の役割はあると思っています。
でも、ふと、
「私の時間は、どこにあるんだろう?」
と思うことがあります。
そして、外へ出かけたいと思っても、
「妻はどう思うだろう?」
と考えてしまう。
妻の空気を読んでしまい、結局出かけない。
そんなこともあります。
言えない愚痴がストレスになる
夫婦だからといって、何でも本音を言えるわけではありません。
「俺だって一人になりたい」
「少し外へ出たい」
「毎日ずっと家にいるのは疲れる」
そんなことを妻に言ったら、
「私と一緒にいるのが嫌なの?」
と思われるかもしれません。
だから言えない。
言えないから、心の中に少しずつ溜まっていく。
そして、いつの間にか愚痴が多くなる。
これは夫婦にとって、決して良いことではありません。
ストレスが積み重なれば、体にも影響するかもしれません。
私自身、会社員時代から血圧が高く、定年後も通院しています。
だからこそ、
心のストレスも健康の問題につながる
と感じています。
「別々の時間」が夫婦を守ることもある
私は最近、
「夫婦だから一緒にいる時間を増やす」
だけが良いことではないと思っています。
むしろ、
「それぞれの時間を持つ」
ことが、夫婦関係を長く続けるために必要なのではないでしょうか。
妻は家で好きなことをする。
私は散歩に出る。
私はパソコンをする。
妻はテレビを見る。
私は一人で買い物へ行く。
妻は家でゆっくりする。
それぞれが好きな時間を過ごして、また夕食の時間に顔を合わせる。
それでいいのではないでしょうか。
一人で出かけることは「夫婦を捨てる」ことではない
ここが一番大切なところです。
夫婦が別々に行動すると、
「夫婦仲が悪い」
と思われるかもしれません。
でも、私はそうではないと思います。
一人で散歩する。
一人で買い物へ行く。
一人で温泉へ行く。
友人と出かける。
趣味の時間を持つ。
それは、夫婦を大切にしていないのではありません。
むしろ、
自分の心を元気にするための時間
なのです。
自分が元気なら、家に帰ってきたときに妻にも優しくできます。
ずっと我慢してストレスを抱えるより、そのほうが夫婦にとって良いのではないでしょうか。
「夫婦の距離」は冷たいものではない
若い頃は、
「いつも一緒」
が愛情なのかもしれません。
でも、シニアになってからは少し違ってもいい。
長い人生を一緒に歩いてきたからこそ、
「あなたはあなたの時間を大切にして」
「私は私の時間を大切にする」
という関係も必要なのだと思います。
そして、一緒に過ごしたいときは一緒にいる。
困ったときは助け合う。
病気になれば支え合う。
食事を一緒にする。
そんな関係なら十分ではないでしょうか。
教科書には「我が家の答え」は書いていない
第12話でも書きましたが、大学教授や専門家から学べることはたくさんあります。
でも、
「定年後の夫婦はこうすれば幸せ」
という教科書はありません。
夫婦によって、暮らし方は違います。
旅行好きの夫婦もいる。
家で過ごすのが好きな夫婦もいる。
別々の趣味を楽しむ夫婦もいる。
一緒にいる時間を大切にする夫婦もいる。
どれが正解ということではありません。
大切なのは、
自分たち夫婦に合った距離を見つけること
なのだと思います。
最後に――残りの人生を「我慢だけ」にしない
私たちは、若い頃から家族のために働いてきました。
住宅ローンを払い、子どもを育て、家族の生活を守ってきました。
子どもたちは成長し、今ではそれぞれの人生を歩いています。
そして私たちは、シニアになりました。
人生100年と言われる時代。
これから先、まだ長い時間があります。
その時間を、
「妻が嫌がるから何もできない」
「夫がうるさいから外へ出たい」
と、お互いに我慢するだけではもったいない。
私は、これからは、
夫婦で支え合いながら、それぞれの人生も大切にしたい
と思っています。
妻には妻の人生がある。
私には私の人生がある。
そして、二人で過ごす人生もある。
その三つを上手に組み合わせていく。
それが、定年後の夫婦に必要な「距離」なのかもしれません。
夫婦だから、何でも一緒でなくていい。
夫婦だからこそ、
「あなたの時間も大切。私の時間も大切」
と言える関係をつくる。
残りの人生を、我慢だけで終わらせないために。
これも、長く夫婦を続けてきた私たち生活者だからこそ見つけられる、ひとつの答えなのだと思います。