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生涯、私は90代まで生きていられるのだろうか。球磨川の友人たちが教えてくれたこと

自由まなぶ

6年前に大損した。家族には言えなくて独りひっそり、youtubeで儲かる話の動画を見てまた大損した。その後、メンターの動画を拝見して、この人だったらと思って、独りひっそり、引き寄せの法則、潜在意識、地球の波動、周波数の秘密を教わって、健康でお金に心配のない残り少ない人生を過ごします。これから謙虚に感謝の気持ちで日々学んでいます。

こんにちは、自由まなぶです。

最近、夜になると考えることがあります。

私は90代まで生きていられるのだろうか。

いや、70代かもしれません。

80代かもしれません。

それとも、もっと早いかもしれません。

それは神様しか知りません。

中学生まで過ごした故郷、球磨川。

山があり、川があり、自然に囲まれた場所でした。

あの頃は、友人たちと毎日のように遊んでいました。

将来のことなど何も考えず、ただ一日一日を楽しんでいました。

しかし今、その友人たちの中には、もうこの世にいない人もいます。

何も言わずに、

一人、また一人と、

違う世界へ旅立っていきました。

訃報を聞くたびに、寂しくなります。

「あいつも、いなくなったのか……。」

そう思うのです。

そして、ふと考えます。

なぜ私はまだ生きているのだろう。

特別な人間でもありません。

立派なことをしてきたわけでもありません。

それでも、今日もこうして生きています。

もしかしたら、

「君にはまだ少し未来を見てきてほしい。」

そう言われているのかもしれません。

90代まで生きることは、楽なことではないと思います。

80代にも苦労があります。

70代にも不安があります。

体力は落ちます。

病院へ行く回数も増えるでしょう。

友人との別れもあります。

親しい人を見送ることもあります。

それでも、人は生きていくのだと思います。

98歳の母を見ていると、そう感じます。

母は「直送でいい」と話します。

しかし、昔話になると笑います。

歌を歌います。

桃の話をして喜びます。

つまり、生きる喜びは最後まで残っているのです。

私は90代まで生きるかどうか分かりません。

でも、もし明日も目が覚めたなら、

庭のトマトを見て、

家内と笑い、

母と話をして、

また一日を大切に生きてみようと思います。

先に旅立った友人たちの分までとは言えません。

でも、

「もう少しだけ未来を見てみなさい。」

そう言われている気がするのです。

だから私は今日も、静かに生きていこうと思います。


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