こんにちは、自由まなぶです。
先日、98歳の母に会いに行った時のことです。
昔話をしているうちに、突然、母が桃の話を始めました。
「そういえば、前に送ってくれた桃、おいしかったなあ。」
私はすぐに思い出しました。
毎年8月になると、私は母に福島県伊達市の桃を送っていたのです。
伊達の桃は、宮内庁へ献上される桃と同じ産地のものです。
私自身も初めて食べた時は驚きました。
一口かじると、蜜がたっぷりとあふれ出します。
甘さの中に上品な香りがあり、まさに特別な桃です。
母もその味が忘れられなかったのでしょう。
「今住んでいるところの桃とは全然違うんだよ。」
そう言って懐かしそうに笑いました。
食べ物には思い出がある
不思議なものです。
人は歳を重ねても、美味しかったものは覚えているものですね。
私は母が桃の話をしてくれたことが、何だか嬉しくなりました。
高価なものではありません。
大きな親孝行でもありません。
でも、母の記憶の中に残っていた。
それだけで十分でした。
98歳になっても楽しみはある
母は以前、
「私は直送でいい。」
そう話していました。
子どもたちに迷惑をかけたくない。
それが母の本音なのでしょう。
しかし、その一方で、
桃の話をする母の表情は、とても明るかったのです。
まだまだ楽しみがある。
まだまだ食べたいものがある。
まだまだ生きる喜びがある。
そう感じました。
親孝行は特別なことではない
私は最近思います。
親孝行とは、大きなことをする必要はないのかもしれません。
一緒に話をする。
顔を見に行く。
好きなものを送る。
それだけでも十分なのではないでしょうか。
私も車で3時間離れた場所に住んでいます。
いつでも会えるわけではありません。
だからこそ、
今年も伊達の桃を送ってあげようと思っています。
もうすぐ8月になります。
母が桃を食べながら、
「やっぱりおいしいね。」
そう言って笑ってくれたら、それだけで嬉しい。
親との時間は永遠ではありません。
だからこそ、
今できることを大切にしたいと思います。
今年もまた、伊達の桃を送ろう。
そう心に決めました。