このシリーズを書き始めたきっかけは、「ペット保険は必要なのだろうか」という、ふとした疑問でした。
そこから、高齢になった愛犬の医療費について考えました。
少しずつ年を重ねる姿を見て、小さな変化に気づくようになりました。
そして、いつか訪れる別れについても考えるようになりました。
こうして振り返ると、どの出来事も私にとって大切な学びでした。
若い頃の私は、「元気なのが当たり前」と思っていました。
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毎日散歩へ行き、ご飯を食べ、元気に走り回る姿がずっと続くものだと思っていたのです。
しかし、時間はゆっくりと流れていました。
気がつけば、散歩の歩幅は小さくなり、休憩する時間も増えました。
眠る時間も長くなりました。
その姿を見て、寂しさを感じる日もありました。
でも、それ以上に感じたことがあります。
それは、「今日も一緒にいてくれてありがとう」という気持ちです。
私は98歳になる母を見ていても同じことを思います。
父を見送ったあと、母の健康を願って、長年がん保険を掛けてきました。
今でも母は元気に暮らしています。
有料老人ホームで生活しながら、土日には自宅へ戻り、自分の時間を楽しんでいます。
母は時々、笑いながら言います。
「もう十分長生きしたよ。」
その言葉を聞くたびに、私は「今こうして会える時間」を大切にしようと思います。
愛犬も同じです。
未来を心配してばかりでは、今日という幸せを見失ってしまいます。
一緒に散歩ができること。
ご飯をおいしそうに食べる姿を見ること。
名前を呼ぶと、ゆっくりこちらを見てくれること。
その一つひとつが、私にとって大切な宝物です。
私は家庭菜園が好きです。
野菜は毎日少しずつ育ちます。
急いでも、大きくはなりません。
毎日水をあげ、草を取り、太陽の光を浴びながら育っていきます。
愛犬との時間も同じでした。
特別なことがあったわけではありません。
毎日の散歩。
何気ない会話。
静かな昼寝。
そんな普通の日々が、いつの間にか人生で一番大切な思い出になっていました。
終活について記事を書く中で、私は何度も「人生で本当に残るものは何だろう」と考えました。
お金でしょうか。
家でしょうか。
車でしょうか。
もちろん、それらも大切です。
でも、一番心に残るのは、「誰と、どんな時間を過ごしたか」ではないでしょうか。
愛犬は言葉を話しません。
それでも、私にたくさんのことを教えてくれました。
人を信じること。
毎日を楽しむこと。
小さな幸せに気づくこと。
そして、「今日を大切に生きること」です。
もし今、この記事を読んでくださっている皆さんの隣に、大切なペットがいるなら、今日だけは少し長く一緒に過ごしてみてください。
散歩でもいい。
頭をなでるだけでもいい。
「ありがとう」と声をかけるだけでも十分です。
その何気ない時間が、いつか人生の宝物になります。
この5回のシリーズを最後まで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。
このシリーズが、皆さんと大切な家族との時間を見つめ直すきっかけになれば、とてもうれしく思います。
これからも、一日一日を大切に。
そして、感謝の気持ちを忘れずに過ごしていきたいと思います。
シリーズ一覧
- 第1話 一緒に長年暮らしたペット。保険は必要だったのだろうか?
- 第2話 高齢になったペットの医療費。実際に感じた現実
- 第3話 「まだ元気だから大丈夫」と思っていた私が、高齢の愛犬から教えられたこと
- 第4話 ペットとの別れを考え始めた日。それでも「今」を大切にしたい理由
- 第5話 最後まで一緒にいてくれたことが、何よりの宝物。
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このブログでは、年金生活、家計の工夫、終活、家庭菜園、そして日々の暮らしの中で感じた小さな幸せを、これからも等身大の言葉でお届けしていきます。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。