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「まだ元気だから大丈夫」と思っていた私が、高齢の愛犬から教えられたこと

「まだ元気だから大丈夫。」

私は、そう自分に言い聞かせるように思っていました。

毎朝になると、愛犬はしっぽを振って散歩を楽しみにしています。

ご飯もよく食べます。

家族の顔を見ると、うれしそうに近づいてきます。

その姿を見ていると、「まだまだ元気だな」と安心していました。

しかし、高齢になった愛犬は、少しずつ変わっていました。

散歩の途中で立ち止まることが増えました。

 

 

以前なら軽々と飛び越えていた小さな段差も、慎重に歩くようになりました。

家へ帰ると、すぐに横になって休む姿を見ることも増えました。

最初は、「年を取れば当たり前」と思っていました。

でも、動物病院の先生はこう話してくれました。

「シニア犬は、元気に見えても体には少しずつ負担がかかっています。」

その言葉を聞いたとき、私は愛犬の年齢を改めて実感しました。

人間も同じです。

98歳になる母は、今も元気に笑っています。

有料老人ホームで暮らしながら、土日には自宅へ帰ってきます。

元気そうに見えても、昔のようには体は動きません。

それでも毎日を笑顔で過ごしています。

母を見ていても、愛犬を見ていても思うことがあります。

「元気そうだから安心。」

それだけでは、本当の健康は分からないということです。

だから私は、毎日の小さな変化を見るようになりました。

食欲はあるか。

水を飲む量は変わっていないか。

歩き方はどうか。

目に元気はあるか。

眠る時間は増えていないか。

そんな何気ないことを気にするようになりました。

すると、不思議なことがありました。

以前よりも、一緒に過ごす時間がもっと大切に思えるようになったのです。

朝の散歩。

ご飯を食べる姿。

昼寝をしている穏やかな寝顔。

名前を呼ぶと、ゆっくり顔を向けてくれること。

どれも当たり前ではありません。

年齢を重ねたからこそ、一つ一つが宝物になりました。

私自身も年齢を重ね、人生について考えることが増えました。

終活の記事を書き、家庭菜園を楽しみ、98歳の母との時間を大切にしています。

その中で気づいたことがあります。

幸せとは、大きな出来事ではありません。

何気ない毎日の積み重ねです。

愛犬は言葉を話せません。

それでも、私に多くのことを教えてくれています。

「今日を大切にすること。」

「一緒に笑える時間に感謝すること。」

「当たり前は当たり前ではないこと。」

それが、高齢になった愛犬からもらった一番大きな贈り物です。

これから先、どれだけ一緒にいられるかは分かりません。

だからこそ、今日という一日を大切にしたい。

散歩へ行けること。

ご飯を食べられること。

隣で眠ってくれること。

そのすべてに「ありがとう」と伝えたいと思います。

もし皆さんにも大切なペットがいるなら、今日、優しく頭をなでてあげてください。

きっと、その時間は何よりも幸せな思い出になるはずです。

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