九州は台風10号の影響で各地で
災害は最小限に、自然災害は
どうしようもないですが。
速いですね。もう8ヶ月が終わ
ろうとしてます。
8ヶ月の間にわたしには生涯忘れ
られない出来事が7月に起りました
それは、命がけの生死を分ける
母の避難でした。
母に聞いた話ですが、7月3日
未明に防災無線が鳴り響き、
緊急事態発令の放送でしたが
自宅にいては、雨の音で全く
聞こえなかったと言うのです。
隣近所の方達は、少し様子を見て
避難しようとしていたと聞きました
しかし、朝方7時ごろには
一般道路に水が徐々に流れ込んで
来ていたと言うのです。
ちょうど朝食を済ませ、玄関ドアを
開けた時には道路の水は小川の様に
少しづつ水嵩が増してきていたと
言うのです。
妹も一緒でしたのでまずは避難
しようとしたとたんに、水嵩が
膝まで水が一気に上がってきたと
言うのです。
このままでは、母は逃げ場を失い
あたふたしている時に、道を隔てた
二階建ての家から、ご主人が
声を掛け実家にいた母を、既に
水嵩は増して、腰まで来ていた。
小川の様に流れていた水が一気に
水嵩が増して水の流れも速くなり
その間、実家の母をおんぶして
前のご自宅に避難させてもらった。
当然、一階は2m程の高さまで水が
上がり、実家は水没状態で、3日間
前のご自宅に避難させてもらい
水が引くのを待って、実家に戻り
自宅の中は、家具や電化製品等は
水に浮かんだ後、固定場所とは
違った所に横倒しになって、廊下を
ふさいでいたり、畳が浮いて、
重なり合いって、先へ歩いて
行けない状態を少しづづ片づけて
妹ひとりで片づけていたが、
3日目には、神経が高ぶって
気分が悪くなり、わたしに電話を
かけてきて、早く片付けに応援に
来てと電話口だ話したので
わたしは時間の取れた日に
5日間ほどわたしは実家の片づけを
していたが、二日目には母が
避難している所へ場所は130kmほど
離れた所でしたが、その避難先も
低い土地では床上浸水し、在りと
あらゆる所が水害に見舞われ
片付けは困難な日々でした。
こんな時のボランティアの方達が
応援に来て下さり、本当に有難い
事でした。妹もボランティアの
申請をして土日に実家の家財等
すべてを廃棄することで、実家は
今のところ空き家状態になっており
役所側との