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「もし明日の朝、隣で目を覚まさなかったら…」80歳を前に夫婦で考え始めた終活

こんにちは、自由まなぶです。

最近、夜になると考えることがあります。

私は今も家内と同じ寝室で寝ています。

ところが、お互い年を重ねたせいでしょうか。

いびきがうるさいのです。

私も負けていないと思いますが、朝になると決まって家内が言います。

「昨日もいびきがすごかったよ。」

すると私も、

「いやいや、君の方がすごかった。」

そんなやり取りをしています。

長年連れ添った夫婦の、何でもない朝の会話です。

しかし夜中、いびきが止まると、ふと目が覚めることがあります。

トイレへ行こうとして、家内の寝顔を見る。

その時、胸が締め付けられることがあります。

「もし、このまま目を覚まさなかったら…」

そんなことを考えてしまうのです。


80歳という数字が、急に現実になってきた

若い頃、80歳という年齢は遠い世界の話でした。

自分には関係のない話だと思っていました。

しかし今、その数字が目の前に見えてきました。

体力は少しずつ落ちる。

物忘れも増える。

病院へ行く回数も増えました。

そして何より、

「いつか別れの日が来る。」

その現実が少しずつ近づいてきています。


終活は「死ぬ準備」ではなかった

私は以前、「終活」という言葉が好きではありませんでした。

どこか寂しい。

縁起が悪い。

まだ考えたくない。

そう思っていました。

しかし最近、考え方が変わりました。

終活とは、

死ぬ準備ではなく、大切な人を困らせないための準備

そして、

残された時間を穏やかに生きるための準備

なのではないかと思うようになりました。


もしもの時、私は何を残せるだろう

銀行口座はどこにあるのか。

保険はどうなっているのか。

携帯電話の暗証番号は。

お墓はどうするのか。

母が「直送でいい」と話していたように、

私自身も考えるようになりました。

立派なお葬式より、

家族が困らないこと。

それが大切なのではないか。

そう思うようになりました。


エンディングノートを書いてみようと思う

私は決めました。

完璧ではなくていい。

少しずつでいい。

エンディングノートを書いてみよう。

財産のこと。

連絡先のこと。

感謝している人のこと。

そして、家内への言葉。

もし私が先に旅立ったら、

「ありがとう。」

その一言だけは残したいと思っています。


今日も隣で寝息が聞こえる幸せ

夜になると、

またお互いのいびきが始まります。

きっと明日の朝も、

「昨日うるさかったね。」

そんな会話をするのでしょう。

でも私は思います。

文句を言い合えること。

同じ部屋で眠れること。

朝を迎えられること。

それ自体が幸せなのだと。

終活を考え始めたからこそ、

今日という一日が、かけがえのないものに思えるのです。