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有料老人ホームに入った98歳の母は、どんな気持ちで人生を終えようとしているのだろう

こんにちは、自由まなぶです。

先日、98歳の母に会いに行ってきました。

母は現在、有料老人ホームで暮らしています。

膝は悪くなりましたが、頭はしっかりしています。

よく笑い、よく話し、歌も歌います。

そんな母ですが、以前から私たちにこう言っています。

「私は直送でいいよ。」

派手なお葬式もいらない。

大きなお墓もいらない。

子どもたちに迷惑をかけたくない。

それが母の考えです。

しかし私は時々考えます。

本当に未練はないのだろうか。

本当にそれだけなのだろうか。

昭和、平成、令和。

母は約100年近い人生を生きてきました。

結婚し、子どもを育て、働き、夫を見送り、孫もできました。

たくさんの人と出会い、たくさんの別れも経験してきました。

そんな人生に、未練が全くないとは思えません。

きっと母は、

「もう十分生きた。」

という気持ちと、

「もう少しみんなと話したい。」

という気持ちの両方を持っているのではないでしょうか。

私は長男です。

しかし母の介護については、妹に託しました。

妹は25年間、母と一緒に暮らしてきました。

母のために離婚し、実家へ戻り、長い年月を支えてくれました。

私にはできなかったことです。

そして、やっと落ち着けると思って引っ越した場所が、水害に遭いました。

「ここなら、もう二度と水害に遭わない。」

そう思って購入した場所でした。

しかし人生は思うようにはいきません。

九死に一生を得て、仮設住宅へ。

その後、仮設住宅は市営住宅になりました。

年齢を考えれば、新たに家を建てることも簡単ではありません。

母も妹も、何度も人生の試練を乗り越えてきました。

私は最近思うのです。

人生には、人それぞれ神様から与えられた試練があるのかもしれない。

もちろん、なぜこんな苦労をしなければならないのかと思うこともあります。

でも、だからこそ人の優しさや家族のありがたさに気づけるのかもしれません。

母は老人ホームで、今日も元気に暮らしています。

友人と話し、歌を歌い、笑っています。

「直送でいい。」

そう話す母ですが、私はまだ未練があると思っています。

孫の顔を見たい。

子どもたちと話したい。

季節の果物を食べたい。

昔話をしたい。

小さな楽しみを、まだ持っているのではないでしょうか。

だから私は思います。

今できることを大切にしよう。

会えるうちに会う。

話せるうちに話す。

感謝を伝えられるうちに伝える。

それが今の私にできる親孝行なのかもしれません。