こんにちは、自由まなぶです。
最近、妹と話すことがあります。
それは母が亡くなった後のことです。
母は98歳。
老人ホームで元気に暮らしています。
以前から、
「私は直送でいい」
と話しています。
派手なお葬式もいらない。
大きなお墓もいらない。
母らしい考え方です。
しかし、残された私たち兄妹には考えなければならないことがあります。
それが母の遺骨です。
妹はずっと母のそばにいた
私は現在、実家から離れた場所で暮らしています。
母に会うには車で3時間ほどかかります。
一方、妹は母の近くに住んでいます。
何かあればすぐに駆けつけられる距離です。
母の通院。
老人ホームとのやり取り。
日頃の見守り。
多くのことを妹が支えてくれています。
おそらく母の最期も妹が見送ることになるでしょう。
私は間に合わないかもしれません。
だからこそ思うのです。
母の遺骨は妹に託したいと。
水害を生き抜いた兄妹
私と妹には忘れられない出来事があります。
実家が大きな水害に遭ったことです。
命の危険を感じるほどの出来事でした。
今思えば、
三途の川を渡らずに済んだようなものです。
九死に一生を得たと言ってもいいかもしれません。
あの時、一緒に生き残った兄妹だからこそ、
今こうして母のことを話し合えるのだと思います。
父のお墓も節目を迎える
父が亡くなってから、もう45年以上が経ちます。
あと数年で50年になります。
父のお墓はあります。
しかし管理期間が終われば、
無縁仏として合祀される可能性があります。
時代は変わりました。
昔のように代々お墓を守ることが難しい時代です。
子どもたちも全国に散らばっています。
私自身も、
祖先のお墓を守り続ける立場ではありません。
大切なのは形より想い
若い頃は、
立派なお墓が大切だと思っていました。
しかし今は少し違います。
大切なのは形ではなく、
故人を想う気持ちなのではないでしょうか。
母もきっと、
子どもたちが無理をすることは望んでいないと思います。
だから私は、
母の遺骨について妹の考えを尊重したいと思っています。
まだ母は元気です
こんな話を書くと、
母が弱っているように思われるかもしれません。
でも実際は違います。
母は元気です。
歌も歌います。
よく笑います。
職員さんとも楽しそうに話しています。
だから今は、
お墓のことよりも、
遺骨のことよりも、
母と過ごす時間を大切にしたいと思っています。
会えるうちに会う。
話せるうちに話す。
それが今の私にできる親孝行なのかもしれません。