本当に親との別れは悲しいものなのか
こんにちは、自由まなぶです。
98歳の母は、老人ホームで元気に暮らしています。
以前、母は私にこう言いました。
「私は直送でいいよ」
派手なお葬式もいらない。
家族葬もしなくていい。
できるだけ子どもたちに迷惑をかけたくない。
そんな母らしい言葉でした。
しかし、その言葉を聞いた時、私の心は複雑でした。
妹は最期に立ち会える
母の近くには妹がいます。
何かあればすぐに駆けつけられます。
母の最期の言葉を聞くことができるかもしれません。
最後の手を握ることができるかもしれません。
一方、私は車で3時間離れた場所に住んでいます。
連絡を受けても間に合わない可能性があります。
おそらく私は、火葬場で母と対面することになるのでしょう。
その覚悟は少しずつできています。
しかし心のどこかで、
「本当にそれでいいのだろうか」
と思う自分もいます。
最後の言葉を聞けないかもしれない
親が亡くなる時、
映画やドラマのように家族全員が集まれるとは限りません。
現実はもっと静かです。
もっと突然です。
最後の言葉を聞ける人もいれば、
聞けない人もいます。
私はきっと後者でしょう。
だから最近は思うのです。
最期の言葉よりも、
今の言葉を大切にしようと。
会える時に会う。
話せる時に話す。
笑える時に笑う。
それが今の私にできることなのだと思っています。
まだ生きてほしいのか
自分に問いかけることがあります。
私は母にまだ生きていてほしいのだろうか。
答えは「はい」です。
できることなら100歳になっても。
101歳になっても。
元気でいてほしい。
また昔話を聞かせてほしい。
祖父のことも聞きたい。
戦後の暮らしも聞きたい。
聞きたいことはまだたくさんあります。
しかし同時に思うのです。
98年間、一生懸命生きてきた母に、
これ以上頑張れとは言えないなと。
悲しいだけではない別れ
若い頃は、
親との別れはただ悲しいものだと思っていました。
しかし60代になった今は少し違います。
悲しい。
寂しい。
もちろんその気持ちはあります。
でも同時に、
感謝があります。
ここまで育ててくれたこと。
見守ってくれたこと。
支えてくれたこと。
その感謝の方が大きいような気がします。
今を大切にしたい
母は今日も老人ホームで過ごしています。
私は今日も自宅で庭を眺めています。
当たり前のような一日です。
でもその当たり前は永遠ではありません。
だからこそ、
今を大切にしたい。
次に会った時は、
また昔話を聞いてみようと思います。
親との別れは悲しい。
でもそれ以上に、
親と過ごした時間はありがたい。
最近はそんなふうに思うようになりました。