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母の「直送でいい」が教えてくれたこと!!父のお墓、母の遺骨、そして私たち子どもの悩み

こんにちは、自由まなぶです。

先日、98歳の母に会いに行った時のことです。

母は以前から、

「私は直送でいいよ」

と言っています。

派手なお葬式はいらない。

家族葬もしなくていい。

残された家族に負担をかけたくない。

そんな気持ちから出た言葉だと思います。

私はその時、

母の覚悟のようなものを感じました。

しかし、その話が終わった後から、今度は私たち子どもの問題が見えてきました。

父のお墓はもうすぐ50年

私の父が亡くなってから、もう45年以上が経ちます。

当時は大きな遺骨箱に納められ、お墓へ納骨しました。

父の眠る納骨堂も、あと数年で50年を迎えます。

最近になって知ったのですが、納骨堂によっては一定期間を過ぎると管理契約が終了し、無縁仏として合祀される場合もあるそうです。

毎年納めていた管理費や線香代も、いずれ終わりを迎えます。

若い頃は考えもしなかったことです。

親のお墓は永遠にあるものだと思っていました。

しかし現実は違いました。

時代も変わり、家族の形も変わっています。

母の遺骨はどうするのか

母は、

「小さなマグカップくらいの骨壺で十分」

とも言いました。

昔の人とは考え方が違うのかもしれません。

立派なお墓よりも、子どもたちに負担をかけたくない。

それが母の本音なのでしょう。

今、妹とも話し合っています。

母が旅立った後、遺骨をどうするのか。

お墓を建てるのか。

納骨堂にするのか。

永代供養にするのか。

答えはまだ出ていません。

60代になって分かったこと

若い頃は、

会社で働くこと。

家族を養うこと。

住宅ローンを払うこと。

そんなことばかり考えていました。

ところが60代になると、

親の介護。

親の終活。

お墓の問題。

自分の健康。

そして孫の成長。

考えることが次から次へと出てきます。

会社を辞めたら楽になると思っていました。

でも実際は違いました。

人生の後半には、人生の後半なりの忙しさがあります。

今できることを大切に

そんな中でも、私はできるだけ母に会いに行こうと思っています。

車で片道3時間。

決して近くはありません。

もしかしたら最期に立ち会えないかもしれません。

それでも今、会えるうちに会っておく。

話せるうちに話しておく。

祖父母のこと。

昔の家族のこと。

戦後の暮らしのこと。

今しか聞けない話があります。

終活というと、どうしても「死の準備」のように聞こえます。

しかし本当は違うのかもしれません。

残された時間を大切に生きる準備。

それが終活なのだと思います。

母の「直送でいい」という言葉は、私にそんなことを教えてくれました。