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第2話「人類が初めて月に降り立った日・世界中が泣いた理由を君は知っているか」

自由まなぶ

6年前に大損した。家族には言えなくて独りひっそり、youtubeで儲かる話の動画を見てまた大損した。その後、メンターの動画を拝見して、この人だったらと思って、独りひっそり、引き寄せの法則、潜在意識、地球の波動、周波数の秘密を教わって、健康でお金に心配のない残り少ない人生を過ごします。これから謙虚に感謝の気持ちで日々学んでいます。

【はじめに】1969年7月20日・地球上のすべての人が空を見上げた日

今から55年以上前の話をします。

1969年7月20日。

その日・地球上に生きていたすべての人間が・テレビの前に集まりました。街の電器屋さんのショーウィンドウ前に・見知らぬ人同士が肩を並べて立ちました。学校の体育館に・全校生徒が集められました。

世界中の人々が・固唾を飲んで・同じ瞬間を待っていました。

そしてその瞬間が来た時——

世界中の人々が・声を上げて泣きました。

なぜ見知らぬ人同士が・肩を並べて泣いたのか。なぜ世界中の人々が・同じ瞬間に涙を流したのか。

今日はその理由を・すべて話します。


【第一章】宇宙開発は・戦争から始まった

まず・少し難しい話をします。でも大切な話なので・聞いてください。

1950年代・世界はアメリカとソビエト連邦(今のロシアなど)という二つの大国に分かれて・激しく競い合っていました。戦争ではありませんでしたが・お互いに「どちらが強いか」を見せつけるための競争が続いていました。

その競争が・宇宙にまで飛び火したのです。

🚀 1957年・ソ連が先を行った

1957年10月4日。ソビエト連邦が世界初の人工衛星「スプートニク1号」を打ち上げることに成功しました。地球の周りをくるくると回るボール型の衛星です。

この知らせを聞いたアメリカは・大きなショックを受けました。「ソ連に宇宙を先に取られた」という危機感が・アメリカ全土に広がりました。

🚀 1961年・人類初の宇宙飛行士が生まれた

1961年4月12日。ソ連の宇宙飛行士ユーリ・ガガーリンが・人類で初めて宇宙に飛び出しました。地球の周りを約108分間で一周し・無事に帰還しました。

その時・ガガーリンが残した言葉が・今でも語り継がれています。

「地球は青かった」

この一言が・全世界の人々の心を揺さぶりました。宇宙から見た地球は・美しい青い星だったのです。

しかしまたしてもアメリカは・ソ連に先を越されました。

🚀 ケネディ大統領の宣言

1961年5月・アメリカのジョン・F・ケネディ大統領が・議会で歴史的な宣言をしました。

「アメリカは・1960年代が終わるまでに・人間を月に着陸させ・安全に地球に帰還させる」

この宣言が・人類の月面着陸という・史上最大の冒険の始まりでした。


【第二章】アポロ計画・8年間の挑戦と悲劇

ケネディ大統領の宣言から・NASAは猛スピードで月面着陸の準備を進め始めました。その計画の名前が「アポロ計画」です。

しかしその道のりは・決して順風満帆ではありませんでした。

💔 悲しい事故が起きた

1967年1月27日。アポロ1号の訓練中に・ロケットの中で火災が発生しました。3人の宇宙飛行士——ガス・グリソム・エド・ホワイト・ロジャー・チャフィーが・命を落としました。

宇宙への挑戦は・命がけの挑戦でした。

事故の後・多くの人が「月に行くのは無謀だ」「やめるべきだ」と言いました。しかしNASAは諦めませんでした。亡くなった3人の宇宙飛行士の夢を・必ず叶えると誓いながら・開発を続けました。

🚀 少しずつ・月に近づいていった

アポロ7号・8号・9号・10号——失敗を重ねながら・少しずつ月に近づいていきました。

アポロ8号は月の周りを10周して帰還しました。その時に撮影された地球の写真「アースライズ(地球の出)」は・宇宙から見た青い地球の姿を初めて人類に見せてくれた・歴史的な一枚です。

そしてついに——


【第三章】1969年7月20日・その瞬間

1969年7月16日。フロリダ州ケネディ宇宙センターから・アポロ11号が打ち上げられました。

乗り込んだのは3人の宇宙飛行士です。

ニール・アームストロング(船長・38歳) バズ・オルドリン(月着陸船操縦士・39歳) マイケル・コリンズ(司令船操縦士・38歳)

3人を乗せたロケットは・時速約4万キロという猛スピードで宇宙を駆け抜け・4日間かけて月に近づいていきました。

🌙 運命の瞬間——1969年7月20日午後4時17分(アメリカ東部時間)

月着陸船「イーグル」が・ゆっくりと月面に降下し始めました。

NASAのミッションコントロールセンターでは・何百人もの科学者・エンジニアが固唾を飲んで見守っていました。世界中のテレビ中継が・この瞬間を伝えていました。

コンピューターの警告音が鳴り響きました。燃料の残量が少なくなっていました。

アームストロング船長は・手動操縦で岩だらけの着陸地点を避けながら・慎重に・慎重に・降下を続けました。

そして——

「ヒューストン・こちらは静かの海基地。イーグルは着陸した」

NASAのコントロールセンターで・大人の男性たちが立ち上がり・抱き合い・泣きながら叫びました。

「着陸成功だ!!」

その瞬間・地球上の6億人がテレビの前で涙を流しました。


【第四章】人類初の月面の一歩・あの言葉

着陸から6時間後の深夜——

アームストロング船長が・月着陸船のハッチを開けました。梯子をゆっくりと降りながら・月面に向かいます。

そして——

左足が・月の大地に触れた瞬間。

アームストロング船長は・こう言いました。


「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが・人類にとっては偉大な飛躍だ」


この言葉は・人類の歴史上・最も有名な言葉のひとつとして・今も語り継がれています。

続いてバズ・オルドリンも月面に降り立ちました。二人は2時間31分にわたって月面を歩き・土や岩のサンプルを採取し・アメリカの国旗を立てました。

その間・司令船を操るマイケル・コリンズは・月の上空を一人で飛び続けていました。人類史上・最も孤独な場所にいた人間として・歴史に名前が刻まれています。


【第五章】なぜ世界中の人々が泣いたのか

では・なぜ世界中の人々が泣いたのでしょうか。

それは・単純に「すごいことが起きた」からだけではありません。

涙の理由① 不可能が可能になった瞬間を目撃したから 「人間が月に行ける」と信じていた人はいました。しかし「本当に行けるのか」という疑いも・誰もが持っていました。その疑いが・一瞬で消えた瞬間——人々は感動で震えたのです。

涙の理由② 命がけの挑戦が報われたから アポロ1号で亡くなった3人の宇宙飛行士。名も知れぬ何千人ものエンジニアや科学者たちの8年間の努力。その積み重ねが・この瞬間に結実したことを・世界中の人々が感じたからです。

涙の理由③ 人類全員の勝利だったから 月面着陸はアメリカだけの勝利ではありませんでした。アームストロング船長はこう言いました。「我々は人類全員を代表してここに来た」と。国籍も・言語も・関係なく・地球に生きるすべての人間の夢が叶った瞬間——それが人々を泣かせた本当の理由です。


【第六章】義雄おじいちゃんは・あの日こう思った

第1話で登場した田中義雄さんを覚えていますか?

1969年・25歳だった義雄さんは・白黒テレビの前で正座をしてアポロ11号の月面着陸を見ていました。

アームストロング船長が月面に第一歩を踏み出した瞬間・義雄さんは声を上げて泣きました。

しかしその涙には・2つの感情が混じっていました。

ひとつは「人類が月に行けた」という感動の涙。

もうひとつは「でも・自分には行けない」という切なさの涙。

あれから55年。今・95歳になった義雄さんは・こう言います。

「あの日・テレビで月面着陸を見て・自分は一生月に行けないと思った。でもな・颯太が月面基地の設計をしている。ひいおじいちゃんの夢は・形を変えて叶ったんや」

夢は・諦めなければ必ず叶います。たとえ自分が叶えられなくても・その夢は必ず誰かに引き継がれます。


【宇宙のキホン知識②】アポロ計画の知られざる事実5つ

🌙 アポロ計画に関わった人の数 アポロ計画全体で・約40万人のエンジニア・科学者・技術者が関わりました。一つの夢のために40万人が力を合わせたのです。

🌙 月面に残してきたもの 宇宙飛行士たちは月面に国旗・地震計・レーザー反射板などを置いてきました。今でも地球からレーザーを当てると・反射板が反応します。

🌙 月の石を持ち帰った アポロ11号は約22キログラムの月の石と土を地球に持ち帰りました。この石を分析することで・月がどうやって生まれたかの謎が少しずつ解けてきました。

🌙 アポロ計画は合計6回・月面着陸に成功 アポロ11号から17号まで・合計6回の月面着陸に成功しました。月面を歩いた宇宙飛行士は合計12人です。

🌙 月面の足跡は今でも残っている 月には風も雨もないため・アームストロング船長たちの足跡は今でもそのままの状態で月面に残っています。


【次回予告】第3話

「地球から月まで何キロ?宇宙のスケールを知ったら・世界の見え方が変わった」

月までの距離・太陽までの距離・宇宙の果てまでの距離——数字で見ると想像を超えた宇宙のスケールが・君の世界観をひっくり返します。


【おわりに】55年前の感動を・君の時代に超えてほしい

1969年7月20日。

アームストロング船長が月面に第一歩を踏み出した瞬間・世界中の人々が泣きました。

その涙は「不可能が可能になった」感動の涙でした。

では次に世界中の人々が泣く瞬間はいつでしょうか。

それはきっと——人類が初めて火星に降り立った日。または普通の市民が初めて月旅行から帰ってきた日。

その瞬間に・君が立ち会う可能性があります。

いや・もっとすごいことが起きるかもしれない。

その歴史的な瞬間を作り出す側の人間に・君がなっているかもしれない。

義雄おじいちゃんが1969年に泣いたように・未来の子どもたちが「あの時・あの人が宇宙を変えた」と泣く日が来るかもしれない。

その「あの人」が・君かもしれません。

宇宙はずっと・君を待っています。


📌 パパ・ママ・おじいちゃん・おばあちゃんへ 1969年のアポロ11号月面着陸を覚えている方は・ぜひお子さんやお孫さんに「あの日どんな気持ちだったか」を話してあげてください。世代を超えたその会話が・子どもたちの宇宙への夢に火をつけます。大切な人にもシェアしていただけると嬉しいです。

 

 

 

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