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思い出のクリスマスケーキ実はお客さがくれた物だと分かった

古い話ですが、私が小学生だったころ
12月でも半ズボン穿いて学校へ通学
していたものでした。ズボンは少し穴が開き
母が補正してくれました。
実家は食堂をやっていたので、食事の
材料は特にこだわっていませんでした。
ただ、冬になるとおでん、ラーメン、
ちゃんぽん、その他、色々と定食を
提供してました。
クリスマスの夜は、ラーメンが良く
売れたのを覚えています。
特にサラリーマンが、クリスマスの夜
隣のバーからラーメンを注文し
たりでてんてこ舞いでした。
夜は、クリスマスの音楽が流れて、
サラリーマンが鼻歌を歌いながら、
大きさは解りませんが、右手に
ケーキの箱を持って、三角の帽子を
被って坊主(私の事)ケーキ挙げると
言って、次から次と、一杯飲んだ
会社員がお店の中に置いていきました。

親父にケーキは自宅に持ち
帰るのじゃないの?と聞いたら、
ケーキはバーで貰ったものだから
自宅には持ち帰らないんだよ
と言ってました。
驚いたのは置いて帰った数は
5~10個は有ったかと思います。
昔のケーキはバタークリームの
ケーキでしたから減らない事、
家族4人でしたから、お店の従業員に
分けて挙げてました。
そんな時代が有りました。
今はどうでしょうかね?
お店も父が亡くなり母は一時期
お店をやっていましたが、
友人の勧めで調理師として、
駅弁を造る会社へ務める事になり、
クリスマスケーキの話は思い出話です。
母は、調理免許を持っていたので、
退職後、ホテルの食堂で調理長として
活躍して、92歳の今は今年の7月に
水害に合って、実家に戻っています。
寒さを堪えて過ごしてます。
懐かしい昔話です。
今年はそんな訳にはいきませんですね
隣の国で起きて間もなく1年が回ってきます
そんな中でも、季節は訪れ、また一つ
年を取るのですからね。
ひとつひとつしわが増します。
まだまだ元気でケーキを食べて
家族団らんのクリスマスを過ごせますかね。